能ある狼は牙を隠す
不意に背後から名前を呼ばれたかと思えば、馴染みのある体温が私を包んだ。
優しく抱き締めてきた腕に手を伸ばし、私は頭上を見やる。
「狼谷くん……! ごめんね、遅かったよね私」
「うん、待ちきれなかった」
彼の返答に面食らった。
てっきり、いつものように「そんなことないよ」と首を振るのかと思っていたのだ。
「今日一日ずっと羊ちゃんに会えなくて、死ぬかと思った」
「し、死ぬって……」
確かに今日は朝から夜まで班ごとの行動だったから、致し方ない。
そうはいっても、私だって狼谷くんとこうして会うことができて良かったな、と思う。
「ねえ羊ちゃん」
「ん?」
「何で九栗のこと、名前で呼んでるの」
ぎゅ、と僅かに強くなった拘束。
戸惑いを覚えながらも、私は「今日色々あってね」と誤魔化した。
別に話してまずいことはない。ただ何となく、気恥ずかしいというか。
むずむずそわそわと落ち着かない私の耳元に、彼の拗ねたような声が落ちる。
「……ずるい。俺も呼んでもらったことないのに」
「えっ、」
「なんか羊ちゃん、嬉しそうだね」