能ある狼は牙を隠す
どうやらバレているらしい。
浮かれている私が気に食わないのか、狼谷くんは先程から少し不機嫌だ。
「こっちおいで」
「えっ、あの」
突然手を引かれ、彼が廊下を進んでいく。
ロビーを通り過ぎ、どこへ行くんだろうと首を傾げていると。
「か、狼谷くん! ここ、男子部屋だよね……!?」
「うん。今みんな他の部屋に遊びに行ってるから大丈夫」
違う、そういう心配をしているのではなく。
男女間の部屋の行き来はあまり推奨されていない。誰かに見られたら、と思うと気が気でなかった。
狼谷くんは入り口の引き戸を閉めるや否や、再び抱き着いてくる。
私も私だ。良くないとは思いつつも、彼の背中に手を回しているんだから。
「羊ちゃんは俺がいなくても楽しそうだね」
「狼谷くん……」
「俺は今日一日ずっと我慢してたよ。連絡もしなかった」
あ、と小さく口から漏れた自分の声。
言われてみれば。今日はメッセージアプリを開いた記憶があんまりない。検索エンジンでルートを探したり、時間を確認したり。だからこそみんなと楽しく集中できていたのかもしれない。
まただ。また狼谷くんは、すごく悲しそうな顔をしている。
こんな顔をさせているのは他でもない私で、それが不甲斐なくて。
「……羊ちゃん?」