能ある狼は牙を隠す


許す、というかなんというか。機嫌を直して欲しいし、自分だけが寂しいとも思わないで欲しい。


「……だめ」

「え?」


体を離した狼谷くんが、ゆっくり私の目を捉える。


「まだ俺、我慢してることあるよ」


彼の指が伸びてきたかと思えば、唇を撫でられた。その刹那、かっと頬が火照る。


『もうキスしたの?』


ついさっきの会話を思い出して、余計に頭が沸騰した。心なしか狼谷くんの瞳がいつもより熱っぽい気がする。

これはやっぱりそういうこと? でも今の今まで全然そんな素振りなかったのに、急にどうして?


「あ、あの、狼谷くんっ」


どうしよう。心の準備が全くできていない。
いや、もちろんしたくないわけじゃないし、いずれこうなるとは分かっていたけど――


「それだよ」


固く目を瞑っていた私に、彼が告げた。

それ、とは。
恐る恐る瞼を持ち上げると、狼谷くんが眉根を寄せる。


「名前で呼んで。玄って、呼んでよ」

「え、あ……」


ふにふにと唇を弄ばれ、私は呆気にとられた。
黙って見上げるだけの私を訝しんだのか、狼谷くんは首を捻る。


「羊ちゃん?」

「あっ、ごめんね、何でもないよ……! 名前、そうだよね……」

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