能ある狼は牙を隠す
うん、そうだ。確かに。彼は何も間違えていない。
一人で早とちりしてしまって本当に恥ずかしい。キスされるかも、なんて。どこか期待していた自分に、滾々と説教をしたい気分だ。
そうだよ。だって朱南ちゃんのことを話した時から不機嫌になり始めたもの。元はと言えば名前が原因だった。
脳内でかなり先のステップのことを考えていたからか、彼の要求にはさほど驚かなかった。
「え、えっと」
狼谷くんの、下の名前。
「…………玄、くん」
口に出した瞬間、ぶわ、と全身が熱くなる。
あれ、おかしい。名前なんて、キスに比べたら全然大したことないはずなのに。
「うん。……くんは、いらない」
そう訂正する彼の声色は、酷く甘くて。
でも私は呼び捨てにはしたくない。だって、だってね。
「や、やだ」
「え?」
「他の子はみんな呼び捨てだから、やだ……」
玄、って。沢山の女の子が呼んできたのを、私は知ってる。
「だから、玄くんがいいっ……」
私だけの呼び名が欲しいの。彼女の特権。だめかな。
多分いま、物凄く情けない顔をしている。でもそれで私の気持ちが伝わるなら、本望だ。
「なに、それ……」