能ある狼は牙を隠す
その手つきは優しく、愛おしげで。
ここだけ切り取ればハートフルなんだけど――とまあ、これも余計なお世話か。
そろそろ戻らないと勝手に最下位にされて、そのうえ一発芸を要求されるかもしれない。
じゃあまたあとで、と玄に一声かけて背を向けた時だった。
「おわっ、」
引き戸に手を掛けたのと同時、それが開いたかと思えば、坂井の姿が眼前に迫る。
「ああ、ごめん」
「いや……坂井、湯あたりでもした? 顔赤くね?」
部屋割りは基本的に班ごとで、玄と俺の他に、坂井と霧島も同室だった。
玄は以前ほどではないにしても、クラスの中で浮いている。坂井は自ら俺たちと同じ班になると言い出して、さすが学級委員だなという感想を抱いたのは確かだ。
「え? そうかな。全然何ともないけど」
人の良さそうな笑顔。
正直な話をすると、俺は坂井が少しだけ苦手だ。いつも穏やかに笑っているが、何となく胡散臭さを感じてしまう。
ふうん、と適当に相槌を打って、彼の横を通り過ぎた。
「あ、津山。他の部屋行くのはいいけど、消灯までにはちゃんと戻れよ」
「ほいほーい」