能ある狼は牙を隠す


ひらひらと手を振って答える。

霧島も他の部屋へ行ってしばらくは戻って来なさそうだし、玄と坂井は二人きりで大丈夫だろうか。


「……ま、いっか」


一人呟いて、廊下を急ぐ。


「お、西本さん。やっほー」


ちょうどロビーに差し掛かった頃、きょろきょろと辺りを見渡しながらこちらへ歩いてくる女の子とかち合った。
彼女は俺の言葉に顔を向けると、小走りで近付いてくる。


「津山くん、羊のこと見なかった? さっき部屋出てって、結構経つんだけど戻ってこなくて」


たぶん狼谷くんのところに行ったとは思うんだけど、とため息をついた西本さんに、俺は「ああ」と声を上げた。


「ついさっきまで俺らの部屋にいたよ。出てくるとこ見た。入れ違ったんじゃない?」

「ほんと? そっか、ありがとう」


安堵したように眉尻を下げた彼女は、さながら子供の帰りを待ちわびる母親だ。
西本さんが白さんのことを大切に想っているのは常々伝わってくるが、過保護では? と感じることもしばしばある。


「ねえ、津山くん」

「んー?」


会話終了かと思いきや、珍しく彼女の方から切り出してきた。
軽く首を傾げ続きを促す。


「……津山くんって、キスしたことある?」

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