能ある狼は牙を隠す
朱南とあかりに支えられながらホテルへ入っていく羊の背中を、彼は静かに見つめている。
その横顔が物々しくて、別人のように感じてしまった。
「……ああ、ごめん。俺と霧島、先に戻ってるね」
「あ、うん……」
振り返った坂井くんの表情は存外穏やかで、拍子抜けする。気のせいだったんだろうか。
「玄」
二人が立ち去り、残ったのは狼谷くんと津山くん。
私も行こうか迷ったけれど、羊の親友として理由くらい聞く権利はあるんじゃないかと、思いとどまった。
何も答えない狼谷くんに、津山くんが声を少し荒らげる。
しかし、彼が口を開くことはなかった。
「羊、どうだった?」
ホテルの部屋に戻ってから、二人に確認する。
「いまとりあえずシャワー浴びてる。今日はそっとしといた方がいいかもね」
「そっか」
「……狼谷、何か言ってた?」
あかりの質問に首を振る。
その日は結局、誰も核心に触れられないまま寝床についた。
次の日の朝も、帰りの飛行機でも。
羊は感情をどこかに置いてきてしまったんじゃないか、というくらい大人しくて。
彼女の綺麗な真ん丸の瞳が、ガラス玉のように見えた。