能ある狼は牙を隠す
切れ長の目が優しく緩む。
それが彼と重なって、胸の奥から突き上げるような感情が湧いてきた。
ああ――私、もう、本当に好きだ。多分、もうどうしようもないくらい彼のことが好きだ。
鼻の奥がつんとして、吸い込んだ空気が震える。
「あらら……玄に怒られちゃうなあ」
温かい手の平が、私の頭を撫でた。
「よしよし。お茶飲んで落ち着こうね。さ、こっちおいで」
玄くんのお母さんはそう言って、背中を押してくれた。
ダイニングテーブルにつき、しばらくしてから甘い香りが鼻腔をくすぐる。
人様の家の玄関で泣くなんて情けない。項垂れていると、「はいどうぞ」という声と共に食器の音が聞こえた。
「ありがとうございます……」
ティーカップからはほんのりと湯気が漂い、気持ちを落ち着かせてくれる。
一口含んでゆっくり息を吐くと、体が温まった。
「落ち着いた?」
「あ、はい……! ご迷惑おかけしてすみません……」
いーえ、と間延びした声が返ってくる。
姿勢を正した私に、向こうも背筋を伸ばす気配がした。
「改めまして、玄の母の香です。いつも玄と仲良くしてくれてありがとう」