能ある狼は牙を隠す
誕生日。ああ、確かに。言われてみれば明日だったか。
毎年母に言われてから気付いて、近くのファミレスに夕飯を食べに行くのが恒例だった。
別にそれをどうとも思わない。
第一、うちが決して裕福でないことくらい分かっていたし、特に欲しいものもなかった。
クラスメートはよく「ゲーム機をもらった」だの「ケーキを食べた」だの言うが、まあそれは他の家庭の話であって、うちがそうでないというだけのことだ。
「明日は父さんも母さんも、仕事早く終わらせてくるから」
「いいよ別に。無理しなくても」
「おー、なんだ照れてんのか?」
「髪ぐしゃぐしゃにすんのやめて」
彼はオブラートに包む、ということを知らないようだった。
言葉も行動も直球で、俺がつれない返事をしても懲りなく絡んできた。荒々しく頭を撫でられて、その手つきから「この人は撫で慣れてないな」と最初から感じた。
それなのに、いつも嬉しそうに俺の髪を乱す。何度も、何度も。
どうしてそこまで屈託なく笑えるのかが分からない。でも一番分からないのは、その手を振り払わない自分自身だった。
「玄の好きなチョコレートケーキ買ってくるからな!」
いつしか手帳を見なくても、間違わずに俺のことを断言できるようになったらしい。