能ある狼は牙を隠す



終業のチャイムが鳴る。
荷物を手早く纏めて、昨日の言いつけ通り、俺は学校を早々に後にした。

放課後遊びに行こうと誘ってくれた部活の友達もいたが、また今度、と手短に断った。


「あ、玄。おかえり〜」


リビングへ足を踏み入れた途端、普段はこの時間にいるはずもない母が俺を出迎える。早く帰るとは言っていたが、まさかこんなに早いとは思っていなかった。


「……ただいま」

「今日はね〜、玄の好きなものいっぱい作ったから。ケーキはお父さんが帰りに買ってきてくれるって」


顔だけ振り向いて上機嫌に述べる母。
キッチンに立つ後ろ姿をこんなにまじまじと見るのは、随分と久しぶりだった。


「玄、誕生日おめでとう」


夕日が差し込む空間に、控えめな声が響く。


「……今まで、まともにお祝いしてあげられなくてごめんね。いつも、一人にしてばっかりで」


ぽつり、ぽつりと母が話し出した。
その背中は、前の家を出てきた時、俺の手を引いた背中と同じとは思えないくらい小さく感じる。


「でも、これからはちゃんと家族みんなで、一緒にご飯食べようね。玄と、私と……お父さんの、三人で」

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