能ある狼は牙を隠す
結局、夕飯は母と二人でとることになった。
いつもより豪華なラインナップに、作りすぎだろ、と思わず零す。
分かっていた。今日一番張り切っていたのは俺でも父さんでもなく、母さんだ。
仕事は致し方ない。俺としては別に割り切っていたが、どちらかというと母の方が寂しそうに見えた。
テーブルに並べられた三人分の料理。本当は十分腹一杯で、それでも「早く帰ってこないと食う」と言ったのは自分だし、食べ盛りの食欲を舐めんな、と変なプライドが働いて普段の倍は食べた。
「玄、無理して食べなくていいから。お腹壊すわよ」
やけになっていたのかもしれない。
ああもう本当に、むず痒い。いつの間にか食卓は二人じゃなく、三人が当たり前になっていた。空いた隣の椅子がどうにも気に食わない。
玄関のドアが開いたのは、食事を終えて、風呂も済ませてしまってからのことだった。
「ごめん、遅くなった! ただいま!」
慌ただしい足音と共に、そんな声が聞こえる。
自分の部屋に戻ろうとしていた俺の背中を、後ろから追い縋る手があった。
「玄! ごめん、本っ当にごめん! ケーキ買ってきたから食べよう!」