能ある狼は牙を隠す
振り返ると、必死に懇願する彼と目が合う。
「……夕飯めっちゃ食ったから、お腹空いてない」
「あ――えっと、じゃあ……ああ、そうだ! 一緒にゲームでもするか? 明日土曜だし、いくらでも付き合、」
「何で遅くなったの」
言い募るのを遮った俺に、「え」と目の前の気配が怯んだ。
「別に俺のご機嫌取りはどうでもいい。母さん、ずっとあんたのこと待ってたんだけど」
この人なら間違わずに俺たちを守ってくれるかもしれない。疑念から期待に変わって、確信になった。
母さんが嬉しそうに笑っているのを見るのは、きっと幼少期からの念願だった。
「あんな顔させてんじゃねえよ。ごめんとか、母さんに言わせてんじゃねえよ」
もう見たくない。寂しそうに、困ったように一人で弱々しく笑うのも、私のせいだからと抱え込むのも。
今まで散々してきただろうが。これ以上、苦しむ必要は微塵もない。
『ごめんね』
『は? 何で母さんが謝んの』
『三人でって言ったのにね。……でもきっと、あの人すごく優しいから。また仕事断れなかったんじゃないかな』
俺だって手放しに期待したい。
でも、俺の役目は。これからの俺の役目は、母さんを守ることだ。今まで守ってもらった分だけ。
「できない約束すんな。それが無理なら最初から期待させてんじゃねえよ!」