能ある狼は牙を隠す
拾うフリして置いてくな。
だから嫌だったんだ、「もしかしたら」なんて思ってしまうのは。
話に耳を貸さない人間に、働けと言っても意味がない。必死に家計を支える母に、一人で食事をとるのは寂しいと言っても意味がない。
何も欲張らず、ただ平静に。
深く考えなければ苦しまなくて済んだ。今までだって、そうやって自分を保ってきた。
頼むから、期待させないでくれ。上げた分、落とされた時の衝撃は大きい。
「玄……」
温かい食卓は知りたくなかった。冷めたら電子レンジで温めて、静寂はテレビで誤魔化せばいい。
それなのに、今日は隣の椅子が空いているだけで落ち着かなかった。
伸ばされた手を振り払って、階段を上がる。
次の日から「父」は、俺の頭を撫でなくなった。
まるで腫れ物に触るかのように。その窺うような視線が煩わしくて、俺は目を合わせなくなった。
「あ、水瀬〜。同じクラス? よろしく」
高校は家の近くの進学校で手を打って、大学は行かないつもりだった。早く社会へ出て、自分で稼いで、誰の手も借りずに生活したかったからだ。
「……水瀬じゃなくて、今は狼谷」