能ある狼は牙を隠す
すり、と彼の指が私の手の甲を撫でた。
反射的に引こうとした手首ごと掴まれて、僅かに彼の方に引き戻される。
「狼谷く、」
「ねえ羊ちゃん。ちゃんと俺の目、見て」
狼谷くんは真剣だった。
だけどそこには期待と諦めが入り交じっていて、どこか仄暗い。
随分久しぶりに、彼を怖いと思った。
どういった種類の恐怖かは定かじゃない。
自分の本能の部分がしきりに警鐘を鳴らしているような気がして、なぜか腰が引けた。
「俺のこと、ちゃんと見てくれる?」
ここでノーと答える選択肢は、用意されていないだろう。
とにかく解放されたくて、私は黙って何度も頷いた。
狼谷くんは私の手を握る力を一層強めて、小首を傾げる。
「羊ちゃん、言ってくれないと、分かんない」
「え、……あ、」
「言って……?」
何だか泣きたくなってきた。
さっきまで私が狼谷くんを励ましていたはずなのに、どうしてこうなってしまったんだろう?
いつの間にか形勢逆転されている。
恐る恐る狼谷くんを見上げて、私は口を開いた。
「え、えっと、」
「うん」
「……狼谷くんのこと、ちゃんと見てるよ」