能ある狼は牙を隠す
かぷ、と頬を甘噛みされて、肩が震えた。
私の目尻から零れた涙を追いかけるように舌で掬った彼が、恍惚と告げる。
「羊ちゃんの全部が欲しい……お願い、ちょうだい……?」
「え、あ、」
「嫌……?」
そんな聞き方しないで。ノーなんて答え、持ち合わせてないよ。
「や、じゃ、なくて……でも、あの」
「あー……好き。しよ……」
「えっ、ま、待って! あの、玄くん! ストップ! 今はだめ!」
必死に彼の肩を押さえ、抵抗を試みる。
だめ、という単語を拾ったらしく、玄くんはぴたりと止まった。
「何で、だめ?」
「何でって……玄くんいま熱すごいでしょ!? ちゃんと寝ないとだめだよ! それに、」
あれ、伝染ったかな。顔が熱くて仕方ない。
「……そういうのは、卒業してからじゃないとだめっ」
私だって一応、「その先」にあたるものが何なのかくらいは、想像がつく。
彼にとってはどうか分からないけれど、私にとっては人生が変わるかもしれないくらい一大事なわけで。
「羊ちゃんからの『待て』なら、いくらでも待つよ」
「え?」
伏せていた顔を上げれば、今にも溶け落ちてしまいそうな、それでいて真剣な瞳と交わる。
「羊ちゃんが嫌なら一生しなくてもいい。それでも俺、ずっと羊ちゃんのこと好きだから」