能ある狼は牙を隠す
誰よりも大切でかけがえのない人。
私ばっかり幸せなのは嫌。二人で幸せじゃないと、意味がないの。
「玄くんの好きなものも嫌いなものも、ちゃんと教えてよ。辛いのとか悲しいのとか、私も一緒に大事にしたい」
「羊ちゃん……」
「今度は玄くんの好きなもの食べに行こう?」
ちゃんと二人で、つくっていこう。
彼の手を握る。両手でしっかり包んで、力を込めて、私はここにいるよ、どこにも行かないよって、言い聞かせるように。
「それで、いつか玄くんのお父さんにも会わせて欲しい」
弾かれたように彼が顔を上げるのが分かった。
どうして、と薄くその唇が動いたけれど、やがて何かを悟ったように震え出す。
「……うん。うんっ……約束する。羊ちゃん、ありがとう……」
手の甲に水滴が落ちた。
彼は堪えていたものを全て吐き出すように、肩を震わせて泣いた。
その涙が流れていく度、彼の背中から重りが解放されていくような気がして。すっかり涙が引いた頃には、その表情から不安や寂寥感はなくなっていた。
すん、と鼻を啜った彼は、私に抱き着くと頭をぐりぐりと押し付けてくる。
「ふふ、どうしたの? 今日の玄くん、甘えただね」