能ある狼は牙を隠す
何となくだけれど、カナちゃんは津山くんに対して当たりが強い気がする。まあでも津山くんは仲良くなりたそうだし、そのままにしておこう。
「よーうちゃん」
「わっ」
一歩遅かった。玄くんに挨拶をしようと振り返った瞬間、彼の腕に包まれる。
流石にこんな人通りが多いところでハグされたのは初めてだ。少しびっくりしてしまった。
「玄くん、おはよう! もう具合大丈夫?」
「ん、おはよ。羊ちゃんのおかげで元気になった」
「私なんもしてないよ……」
看病してくれたのはどちらかというとお母さんなのでは。
にこにこといつになく機嫌の良さそうな彼が、不意に顔を近づけてくる。
「ねえ羊ちゃん、キスしていい?」
「えっ⁉ だめだよみんな見てるよ!」
「だってもう三日もしてないよ?」
「えええ……」
しょげた顔で見つめないで欲しい。というか、三日「も」なんだなあ……私としては、一回しただけで恥ずかしいんだけれど……。
困り切っていると、彼の唇が頬を啄んで、それから離れた。
「今はこれで我慢するね。……後でいっぱいさせて」
「え、あ、う」
耳元で囁かれた声が、とんでもなく甘い。
もう頭は既にキャパオーバーで、まともに返事もできなかった。
「……何あのバカップル。俺平和主義者なんだけど一発入れてきていい?」
「許可する。但し狼谷くんの鳩尾で頼んだ」
後ろから物騒な会話が聞こえたのは、気のせいだと思いたい。