能ある狼は牙を隠す


低まった声が、そう唸った。
彼の目からはいつの間にか穏やかな色が消えていて、今にも暴れ出しそうな漆黒の猛獣がそこにいる。


「もう離してあげられないよ。いいの?」


きっとこれが、優しい彼の最後の慈悲だった。
まだ私に選択肢を与えて、自由を許してくれている。

でもね、玄くん。もういいんだよ。
手を伸ばすことに躊躇しないで。欲しがることは何も悪いことじゃない。


「うん、いいよ」


彼の背中をしっかり抱いて、私は自分の意思で退路を絶った。
私が言った瞬間、彼の拘束が一層きつくなる。


「……もう、ほんと……羊ちゃんには敵わないな」


どこか呆れたように、それでいて心底安心したような声色。
玄くんは私の耳元に唇を寄せると、そのまま囁いた。


「俺の全部をあげる」

「え……?」

「もっと束縛して。俺のこと欲しがって。俺じゃなきゃ嫌だって、ちゃんと教えてよ……」


俺は羊ちゃんが欲しい。
そう零した彼の指が、私の喉を撫であげる。


「欲しいよ。頭のてっぺんから爪先まで、全部欲しい……」

「玄、く――んっ、」


再びキスを落とされて、並々ならぬ想いがその唇越しに流れ込んできた。必死に応えようとするけれど、やっぱり彼の方が上手だ。


「……羊ちゃん、手首出して」

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