能ある狼は牙を隠す
艱難辛苦
「あー、汗ふきシート忘れた」
球技大会当日。
朝のホームルームを終えて教室から体育館へ移動しようという時、あかりちゃんがそう言って肩をすくめた。
「私持ってきたから貸すよ」
「助かる〜〜〜ありがと」
私の申し出に眉尻を下げて軽く手を合わせた彼女に、苦笑する。
「岬、早くして」
廊下を出たところで、狼谷くんのそんな声が飛んできた。
反射的に背筋が伸びて、彼の横を大人しく通り過ぎようと試みていると。
「……あ、」
つとこちらに視線を向けた狼谷くんと、しっかり目が合ってしまった。
私が彼を見ている時はいつもばつの悪い思いをしている気がする。
この前の鋭い視線を思い出して少し緊張した。あれから彼とはまともに話していない。
「おはよ」
「あ、お、おはよう……」
狼谷くんは人当たりのいい笑みを浮かべて、それから私の返事を聞くとすぐに目を逸らした。
……あれ?
あまりにも通常運転すぎる彼の様子に、私は呆気に取られる。
「はーいお待たせ! 行こっか玄!」
「暑い……くっつくな……」