能ある狼は牙を隠す


甘いキスの濁流に呑み込まれそうになっていると、唐突に玄くんはそう零した。


「手首……?」


手じゃなくて?
不思議に思いながらも、右腕を上げて彼を見上げる。しかし、正解ではなかったらしい。


「んーん、両方。俺に向けて」

「……こう?」

「うん、そう」


玄くんは頷いて、自身の襟元に指を差し込んだ。かと思えば、ぐ、とネクタイを緩めて、それを解いてしまう。


「え、ど、どうしたの?」

「うん? これ使うから」

「何、に……」


最後までは聞けなかった。
彼が私の腕を掴む。ネクタイがそのまま私の両手首に巻き付けられて、最後に固く結ばれた。


「えっ? ……え? 玄くん?」

「はい、腕こっちね」

「え!? あの、」


くっついた手首。彼の首に回すように腕を上げられて、玄くんがその間から顔を出す。


「玄くん……!?」

「ん?」

「これは一体、何でしょう……?」


彼の意図が分からない。私から抱き着いているみたいですごく恥ずかしいけれど、こんなことしなくたって、言ってくれればハグくらいはするのに。


「何って、今から羊ちゃんのこと独り占めするんだよ。彼氏の特権、ね?」

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