能ある狼は牙を隠す
抗いようがない。逆らえない。
蕩けるような声と焦がれるような視線で囲われてしまえば、たちまち何も考えられなくなってしまう。
「可愛い……あー、もうぜーんぶ欲しい……羊ちゃんの全部……」
吐息がダイレクトに耳の中に入ってくる。
頭の中が真っ白になって、これ以上続けられると元に戻れなくなりそうで。懸命に自我を保とうと、首を振った。
「や、だめ……」
「だめなの? 羊ちゃん、俺に全部くれるって言ったよ?」
「ち、が……そうじゃ、なくて」
「うん?」
だめなのはその話じゃない。変になっちゃいそうだからやめてって、そう言いたかったんだけれど。
でもここで間違ったら、また玄くんは不安になっちゃうのかな。それは嫌だ。
「玄くんなら、いい……」
「え?」
「玄くんになら、全部あげるっ」
もう一人で抱えて欲しくないの。せっかく彼の肩の荷が降りたんだから、ずっと屈託なく笑っていて欲しい。
「…………あー……」
ドスの効いた低音に、思わず肩が跳ねた。くしゃ、と前髪を掻き上げた彼の目があまりにも獰猛で、呼吸を忘れる。
「そんな可愛い言葉、どこで覚えてきたの?」