能ある狼は牙を隠す
でも、今の彼はどうだろう。シャーペンを握る彼の右手は止まることなく、その表情にも逡巡の色はない。
ああそうか、決めたんだ。
冷静に考えてあれから数か月経っているし、彼はきちんと将来を見据えている人だし、当然と言えば当然で。
決まっていないのは結局、私だけなのかもしれない。前方に座るカナちゃんも、隣の霧島くんも、少しずつだけれどプリントに書き込んでいるのが見て取れる。
「よーし、じゃあ書けたやつは帰る前に提出するように。締め切りは今週いっぱいな。冬休み明けは三者面談も入ってくるから、そろそろちゃんと考えておけよ」
森先生が静かだった教室に向かって声を張り、「このままホームルームやるぞー」と呼びかけた。
「あ、羊。今日新曲テレビ初披露だよね。唯斗くん出てるドラマの主題歌!」
随分気を抜いていたらしい。
カナちゃんが振り返って弾むように話しかけてくるまで、私は既にホームルームが終わっていることに気が付かなかった。
ああ、うん、そうだね。と何とも曖昧に返事をした私に、カナちゃんの眉根が寄る。
「テンション低すぎない? どうしたの」
「えっ、……ううん、何でもないよ」
進路決まってるの? それとなく持ち掛けようと思った問いは、何となく怖くて聞けずじまいだった。