能ある狼は牙を隠す



「玄くんは、もう出した?」


木曜日、委員会の日。
切り出した自分の声は思いのほか沈んでいて、それでも取り繕えそうにない。


「……ごめん、何の話?」

「あ、えっと、進路希望調査」

「ああ」


あれね、と頷いた彼は、きっともう提出済みなんだろう。分かっているけれど、一応確認したかった。

今週中、つまり明日中には森先生に献上しなければならないそれを、私はまだ持っている。要するに書けていない。


「うん、出したよ。羊ちゃんは?」

「私はまだ……色々、決まってなくて」


適当に書いて出せばいいのかもしれないけれど、いつかは向き合わなきゃいけない。しかもそれは来年の自分にツケが回ってくるのだ。


「玄くんは決めたってことだよね。進路」


彼は私の言葉にしばし黙りこんで、それから緩慢に首を縦に振る。


「うん。……本当は、卒業したら働こうかとも思ってたんだけど」


思わず息を呑んだ。
大体の人が進学という選択を取るから――というか、そもそも高校を卒業してすぐに働くという選択が自分の中になかった。

玄くんはその目をゆっくりこちらへ向けると、穏やかに微笑む。


「やっぱり、ちゃんといい大学出て、大手に就職したいなと思って。羊ちゃんには苦労かけたくないから」

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