能ある狼は牙を隠す
比喩なのは分かっている。でも、言霊ってあるじゃない。
「……羊ちゃん」
きゅ、と指が絡まる。
見上げた彼の瞳は溶けてしまいそうで、そこからひしひしと愛情が伝わってきた。
「死なないよ。羊ちゃんを一人にするわけないでしょ。……ただ、それくらい好きで好きでどうしようもないってこと」
そう告げた玄くんは、眉尻を下げて問うてくる。
「……こんな俺、嫌だ? 重い?」
自信なさげに私の手を握りしめる彼を見据え、ううん、と苦笑した。
「もう……玄くん、心配しなくていいよ。私、ちゃんと玄くんのこと好きだし、多分どうなっても嫌いになれない」
だいぶ今更だと思う。惚れた弱みなのかは分からないけれど。
どうして好きなのって聞かれても、この人だから、としか答えようがない気がするんだ。
玄くんは何か堪えるようにきつく口を結んで、耳まで朱色に染める。
「幸せすぎて溶けそう……」
「えっ!? 玄くん、何で泣いて……!?」
彼の目尻には僅かながら涙が滲んでいた。慌てて手を伸ばそうとしたところで――
「羊、ちゃん?」
ぐっと背伸びをして、彼の肩に手をかける。
いつも彼がしてくれるように、私はその涙をキスで拭った。
「……好きだよ」
大好きだよ。それで玄くんが安心するのなら、何度だって言うから。
泣き止ませるということに関してはどうやら逆効果だったようで。結局彼は、バスに乗り込むまで私の裾を掴んで離さなかった。