能ある狼は牙を隠す



外出時は厚手のコートが欠かせなくなった。特に朝は冷え込む。
そんな初冬。私はその日、放課後の廊下を一人で下っていた。先週から担任との面談が始まり、進路について話す機会が設けられていたのだ。

進路希望調査には、散々悩んだ結果、県内の国公立大学の名前を書いた。
今日の面談で森先生にまず言われたのは、「今のままでは厳しい」ということで。本気で目指すのなら、冬休みからきちんと頑張らなければならないようだ。

普段はカナちゃんと二人でとりとめのない話をしながら帰っているから、こうして一人でいると余計に気分が落ち込んでしまう。

自身の足元に視線を落とし、ため息をつく。
ちょうど下駄箱付近に差し掛かった時だった。


「やっと来た」


静かな空気に溶け込む、少し鼻にかかった声。
反射的に顔を上げる。聞き覚えのないそれだったけれど、私宛のようだ。

下駄箱に背中を預けていた彼女は、「よいしょ」と可愛らしく漏らすと、姿勢を正してこちらに向き直った。


「ね、白さんって、あなた?」


小首を傾げた拍子に、艶やかな黒髪が揺れる。重たく切り揃えられた前髪の下、二重の大きな瞳が私を捉えた。


「え? は、はい……白です。白羊、です」

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