能ある狼は牙を隠す


上靴に入ったラインの色から察するに、彼女は同学年のようだった。
去年同じクラスだったというわけでもなく、部活も違う。だとしたら他の接点は何だろう、と考え込んでいると、彼女が唐突にもこう告げた。


「玄と別れてくれない?」


それはあっさりと、雑用を頼むかのように。
了承されるのが前提とも言うべき彼女の口調に、言葉を失った。

別段表情を変えるわけでもなく、目の前の綺麗な女の子はただ穏やかに笑みをたたえている。


「あれ、聞こえなかったかな。玄と、別れて欲しいんだけど」


聞こえてます。そう反論するだけの余裕は実際のところ持ち合わせていなかった。
あまりにも突拍子のない頼みだ。いや、そうでなくとも頷くわけにはいかないのだけれど。


「えっと、無理です」


自分の中ではかなり不愛想で思い切った返答のつもりだった。
しかし彼女はじっと私を見つめてくるだけで、それが妙な居心地の悪さを助長する。


「……あの、すみません。私たち、面識ありましたか?」


沈黙に耐え切れずそう問う私に、彼女は首を振った。


「私、六組の此花奈々。初めまして、だね」

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