能ある狼は牙を隠す
仮にも好きだという相手を、どうして侮辱できるのか。
私の大切な人を貶められたということも、怒りに繋がったのだと思う。
柄にもなく目の前の相手を睨んだ。
と、今の今まで温和だった彼女の顔が歪む。
「……あーあ、めんどくさ。意外と頑固だねあんた」
その喉から漏れ出た声はワントーン低く、形の良い唇が不服そうに曲がった。
「ちょっとつつけばピーピー泣いて別れてくれるかと思ったんだけどなあ。噂によらず威勢がいいこと」
おっけー、と独りごちた彼女は顔を上げ、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。
その勢いに気圧されて数歩下がり、壁に背中がぶつかった。
彼女の片足が上がり、がん、と私の横の壁を蹴る。
「――じゃあ泣かすわ」
「な、に」
「思い上がってんじゃねえよ。玄が今あんたと付き合ってんのはただの気紛れ。お遊び。いずれ私のところに帰ってくるから」
物々しい眼光と雰囲気に呑まれる。
このまま無抵抗は良くない、と必死に頭を回転させ、何とか声を絞り出した。
「あなたは……玄くんと、前に付き合ってたの?」
私の問いに、彼女が薄く笑う。
「付き合うも何も、寝たよ。私が玄にとって、一番最初の女」