能ある狼は牙を隠す


一番最初。その単語に、嫌でも反応してしまう自分がいた。そして恐らくそれを、向こうにも感じ取られた。


「言っとくけど。私、こないだ玄としたから」


目の前の顔が勝気に私を嘲笑う。
しばらくそれを呆然と眺め、彼女が発した文言がゆっくりと脳内で処理されていくのが分かった。


「こないだ……?」


唇が震える。
こないだっていつ? どこまでがこないだに入るの?


「そう、こないだ。ああごめん、一昨日だったかな」


嘘。嘘だ。


「……玄くんはそんなことしない」


真正面から睨み合う。
先に逸らしたのは向こうで、小さく息を吐くと私から離れた。


「何とでも言えば? 嘘だと思うなら確かめなよ、本人に」


目を見開いた私に、彼女は軽く手を挙げて踵を返す。


「残念。私から頼まなくても、時間の問題だったかなぁ?」


振り返りざまの、暗い冷笑。それがやけに印象に残って、彼女が去った後も足が床に縫い付けられたように動けなかった。

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