能ある狼は牙を隠す
第三者からするとそう見えてしまうんだろうか。それとも坂井くんの性格上、心配して言ってくれているんだろうか。
珍しく険しい表情の彼は、ぽつりと呟いた。
「……俺、いつも白さんが泣いてるとこばっかり見てるような気がする」
「坂井くん……」
いや、確かに。間違ってはいない。
修学旅行で泊まった旅館にて、玄くんと二人で部屋へ入った後。彼にせがまれて、その日初めて下の名前を呼んだ。結局恥ずかしい思いをしながら何度も呼ばされて、その夜のうちに「玄くん」が定着してしまった。
問題はその後だ。
みんなが待ってるから、と何とか彼の腕からすり抜けて部屋を出た直後、津山くんと出くわして。今までのやり取りを聞かれていたのでは、と思うと羞恥で死にそうになった。
半泣きで廊下を歩いていたところで坂井くんとすれ違い、「どうしたの、大丈夫?」と声を掛けてくれたのは覚えている。
「狼谷にちゃんと言った方がいいよ。嫌なことは嫌って」
「う、うん……大丈夫だよ、ありがとう」
「……今日のこれも、黙っておくつもりなの?」
ジト目で確かめてくる坂井くんに、黙って頷く。
「白さんが言えないなら俺が言おうか?」
「や、やめて……!」