能ある狼は牙を隠す
触れ損ねて宙を泳いだ私の手に目もくれず、彼は苦々しく笑った。
深追いしなかったのは、自分の中で明確に答えを出すのが怖かったから。
何となく。何となく、気付いていて知らないふりをしていた。
もうここ一週間、手も繋いでいない。それは逆に初めて繋いだ時のように暗黙の了解になってしまって、彼に触れるのを躊躇していた。
でも、気のせいかもしれないから。疲れていて、いっぱいいっぱいなだけで、特に深い意味はないのかもしれない。だって彼は変わらず私に優しくしてくれる。
『ごめん』
だけれど、今のたった三音で分かってしまった。
気のせいでも、何となくでも、気まぐれでもなんでもない。彼は今、自分の意志で私に触れること、触れられることを拒んでいる。
私から、離れたいと言っている。
「うん」
短く答えて彼から距離を取った。
目の前の肩から明らかに力が抜けたのが見えて、それに一番心が抉られた気がする。
その日の夜、彼から連絡は来なかった。
疲れて寝てしまったのか、忙しくて忘れてしまったのか。単にそうだったらどんなに気楽でいられただろう。
それはきっと、意図的な無連絡だったように思う。