能ある狼は牙を隠す
苛立ったような声色。でも多分、本気で怒っているわけではない。
私は「ああ、ごめん」と軽く笑って、彼に視線を投げた。
「理由って言われてもなあ……」
今さっき、初めて関係を持ったばかりの彼。
どうしてしたの? だなんて、初めて聞かれた。今まで関係を持った人はみんな、始まりも終わりも呆気なくて、「どうして」は野暮すぎる。したいと思ったからした、以外に理由なんてあるんだろうか。
現に、彼はとっくのとうに行為が終わった今もこうして横にいる。
目的が終わったら去る、というわけではないようだ。その場限りの相手に、理由を聞くなんて変わっている。
「まあ、頼めばしてくれるって聞いたから?」
私の答えに、彼は目を丸くして。
「……は? 誰が? 俺が?」
「君以外に誰がいるの」
「いや、初耳ってか……もうちょいマシな嘘つけよ」
嘘なんてそんな非生産的なもの、私はつかない。見破ってくれる人もいないし。
だとしたらなぜ、彼はこんなに驚いているんだろう。
まさか、とは思うけど。
「ねえ、初めてだった?」
「…………だったら悪いかよ」
「あー……なるほどね。うん、分かった。ごめん」