能ある狼は牙を隠す
玄の唸るような質問に、だって、と答える。
「あの子、私が『玄と寝た』って言ったら、可哀想なくらい動揺してたもん。ねえ、何であの子とはしてないの? させてくれなかった?」
「てめえ……」
ゆらりと高い背が迫ってくる。
鈍い音と共に、手首と背中に痛みが走って、顔を上げれば血走った目とぶつかった。
「羊ちゃんに何した。何言った? ああ? 全部吐けよ」
ぎりぎりと手首を締められる。痛い、と無意識に零すと、舌打ちが降ってきた。
「お前さ。その適当な生き方、俺はまだしも羊ちゃんに押し付けないでくれる」
あの子は違うんだよ。
彼の口からそんな言葉が聞こえて、頭に血が上った。
あの子は違うってなに。そんな薄っぺらいセリフ、玄に言って欲しくない。
「ね、玄……意地張ってないで、さ。戻っておいでよ」
「は?」
「私が一番なんでしょう? あんな珍味、もう十分味見は済んだでしょ? 私、もうずっと待ったよ。これ以上、待てないよ……」
辛いの。苦しいの。もう一人は嫌。ねえ玄、お願いだから。
そっと彼の袖を掴む。振り払われない。ほっと胸を撫で下ろして、彼の顔を見た。
「――別に。待たなくていい」