能ある狼は牙を隠す
あんまり遅くなるようなら、お母さんに一言伝えた方がいい。
鞄の中に手を突っ込んで、スマホを探す。
「え? えっ、ない、何で……」
確かに入れたはずだった。側面のポケット、内側のポケット、教科書の間に至るまでくまなく手を入れても、目当てのものは見当たらない。
「……どう、しよう」
完全に頭が真っ白になった。
自分が今の今まで冷静でいられたのは、何だかんだで最後の砦があったからだ。スマホさえあれば誰かしらと連絡は取れるし、どうにかなる。
でも、何で。ない。
校内では電源を切って鞄の中にしまっておきなさい、と言われている。だから制服のポケットに入れていることは九十九パーセントあり得ないのだけども、その一パーセントにかけて、ブレザーからスカート、全てのポケットを確かめた。
答えは変わらず。
「ない……」
どこで落としたんだろう。いつ失くしたんだろう。
朝は確実に持っていた。いつも通り校内に入る前に電源を切って、鞄に入れて。それ以降は触っていないはずだ。
スマホを失くしたということと、ここから出られないかもしれないということ。同時に襲い掛かってきて、途端にパニックになる。
「――すみません!」