能ある狼は牙を隠す
九栗さんが珍しく語気を荒げて拳を握る。
「これで同点かあ……時間もあんまりないし……」
不安げに零すカナちゃんに、九栗さんが「あ」と声を上げた。
「女子の第一試合もう終わったみたい。次の次だから、そろそろ戻った方がいいかも」
「ほんとだ。行こうか」
頷くカナちゃんに、あかりちゃんも渋々といった様子で体を動かす。
コートでは一年生の子がドリブルで上手くボールを運んでいる。
それをしなやかな動きで遮ったのは、狼谷くんだった。
「羊?」
ボールが彼の手に吸い付く。物凄いスピードで駆けているはずなのに、重々しい音が聞こえない。
狼谷くんが立ち止まった。ゴールにはまだ少し遠い。
「玄! こっち!」
津山くんが声を張り上げる。
狼谷くんの目が動いて、タイマーを捉えたのが分かった。
――迷ってるんだ。
今パスを出しても、時間的にシュートまで持ち込めるか怪しい。
でも彼のいるところからシュートを打つのはハードルが高い。
『俺のこと、ちゃんと見てくれる?』
うん。ちゃんと、見るよ。……見てるよ。
「狼谷くん! シュート――――!」