能ある狼は牙を隠す
自嘲気味に零して、彼はきつく眉根を寄せる。
でも、と何か言いかけて、その続きは聞けなかった。
階段の下と上。微妙に空いたこの距離が、今の私たちを物語っている。
「羊ちゃん」
彼が深く息を吸い込むのが分かった。
つられるように私も顔を上げて、真っ直ぐな視線とぶつかる。
「クリスマス、会える?」
その日は幸か不幸か、今年は土曜日だ。終業式はその前日で、クリスマス当日、街はカップルで賑わうことだろう。
幸せな顔をした男女の中を、このまま煮え切らない自分たちが歩いていて楽しいだろうか、とマイナス思考になってしまう。
「ていうか、会って欲しい。ちゃんと、それまでにけじめつけるから」
頭が、真っ白になった。
「けじめ……?」
けじめって、何。どういうこと。
気持ちの整理? 取捨選択? それはつまり、――もう終わろうってこと?
「十七時に、駅前の広場で待ってる」
ろくに返事もできないまま、彼は一方的にそう告げて背を向けた。
遠ざかっていく足音をどこか他人事のように聞きながら、その場に立ち尽くす。
人間、本当に衝撃を受けたら、何も感じないんだなと思った。
悲しい。苦しい。辛い。全部抱えているはずなのに、白く抜け落ちてしまったかのように心は空虚で、廊下の空気がただただ冷たかった。