能ある狼は牙を隠す



がん、と物々しい音がした。
担任との面談を終え、階段を下ったところで、下駄箱に人影を見つける。


「――じゃあ泣かすわ」


ただならぬ空気。
壁に身を隠して様子を窺えば、そこには二人の女子生徒がいた。詰られている方には見覚えがある。

仲裁に入ろうか迷ったが、話を聞いている限りだとなかなかに際どい内容だ。第三者が介入して拗らせても困るので、ひとまず静観に徹することにした。

結果的に、どちらかが手を出すようなこともなく、言い合いで終わったようで。
一人立ち尽くす華奢な背中に、あまり気乗りはしないが声を掛けてみる。


「大丈夫?」


振り返った彼女の顔は強張っていて、酷く怯えていたのだろう。
最初こそ視線をさ迷わせながらどもっていたが、「ごめんね」とその唇が動いた。

表情や声色を努めて「いつも通り」にしようとしているのが伝わってくる。
こんな時にまで笑おうとしなくてもいいのに。歯痒さを感じて、ついつい口数が多くなってしまう。


「あはは、ありがとう……うん。でもまあ……こういうことも覚悟してなかったわけじゃないし」


彼女がそう言った瞬間、自分の中で何かが焼き切れたような気がした。


「こういうことって……浮気されるってこと?」

< 558 / 597 >

この作品をシェア

pagetop