能ある狼は牙を隠す



「バイト? 狼谷くんが?」


前方から聞こえた声。それにつられるように顔を上げてしまったのは、気紛れなどではなく。

振り返りながら白さんと会話をする西本さんは、「へーえ」と納得したように頷いた。


「どうりで最近あんまり一緒にいないなと思ったわ」


二人の話題は最近の狼谷について、らしい。席が近いせいで、聞き耳を立てなくともその内容は耳に入ってくる。

白さんは滅多に後ろを見ない。前の席に西本さんがいるというのが、一番大きな理由だろう。
話に花を咲かせる彼女たちの様子をぼんやり眺めながら、いいな、と無意識にそう思った。

こっちを向かないだろうか。俺の方を振り返って、また名前を呼んでくれないだろうか。
綺麗な真ん丸の瞳に、もう一度映り込みたい。西本さんにばかり構ってないで、少しは俺の方も見てよ――と、八つ当たりのように考える。


「……邪魔だな」


そう、邪魔だ。それがしっくりくる。
白さんの視線を独占しているのは、いま間違いなく西本さんだ。行き帰りだってほぼ毎日一緒で、声を掛ける隙もない。


「坂井?」


前の席の霧島が、ぽかんと俺を振り返っていた。


「邪魔って何? 俺のこと?」

「ああ、いや……数学の話。左項のx、どうやっても消えなくて邪魔だなあと思って」

「さっきの問題? あれ俺でも解けたけど。珍しいな」

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