能ある狼は牙を隠す
一通り掃除を終えて廊下に出ようとしていたところを、すかさず捕まえる。
津山同様、首を傾げた西本さんに、俺はわざとらしく小声で告げた。
「白さんが、用事できたから先に帰っててって言ってた。なんか、玄関で西本さんのこと待ってる人いるらしいよ?」
終始わけがわからない、といった様子で視線をさ迷わせていた彼女だったが、玄関で津山と出くわした時は、合点がいったように「もう、羊の馬鹿!」と顔を赤らめていた。
その一部始終を見届けてから、俺は階段を上って教室へ戻る。
壁に背を預け、爪先をぱたぱたと動かしながら、健気に友人を待つ彼女。
まるで自分のことを待ってくれているかのような錯覚に陥って、頬が緩んだ。
白さんと一緒に帰ることが叶ったわけだが、それすらもこんなに手順を踏まなければならないのか、と内心苦い。
彼女がもう少し西本さんから離れてくれたら。自ら望んで、俺のところへ来てくれたら。
「……ここだけの話なんだけどさ」
自分の中の悪魔が囁く。
彼女の視界に映るのが、俺だけだったらいいのに。彼女を取り巻くもの、全てが邪魔だ。取り除いて、俺が手を引いてあげたい。
「ごめんね。話しにくいこと、わざわざありがとう」
「ううん。むしろごめん。何かあったら俺に言ってくれていいから」
俺だけを頼って欲しいんだよ、白さん。