能ある狼は牙を隠す
彼女が一人になったところへ、狼谷が近付いていった。
先を越されて歯痒かったが、陰から様子を窺うことにする。
「クリスマス、会える?」
突然投下された誘い。
それまでおおよそ俺の希望通りに進んでいた会話の流れが、がらりと変わった。
「ていうか、会って欲しい。ちゃんと、それまでにけじめつけるから」
言い切った彼の声色は硬く、それでいて誠実だ。
同じ男として何となく察しがついた。手放したい相手にこんな対応はしない。何か彼は、踏み出そうとしているのだと。
「十七時に、駅前の広場で待ってる」
そう告げた狼谷は、彼女に背を向けて歩き出した。
今更引き返すのも不自然でその場に留まっていると、俺に気付いた狼谷が顔を上げる。
「……聞いてた?」
「あ――ああ、悪い。うん、ちょっと」
沈黙が落ちる。狼谷は立ち去る気配もなく、ただ俺を見つめていた。
「坂井」
真っ直ぐな視線に射抜かれる。その瞳は黒いはずなのにどこか透き通っていて、光を取り込み輝いていた。
こいつはこんなに綺麗な目をするやつだっただろうか。否、少なくとも、彼自身が「太陽」に照らされる前は、もっと濁っていたはずなのだ。
「一つ、お前に頼みたいことがある」