能ある狼は牙を隠す



「いやー、体張るねえ。羊も」


カナちゃんの言葉に、私は自分の鼻をつまみながら眉根を寄せた。


「張りたくて張ったわけじゃないもん……」

「冗談だって。早く保健室行っといで」


ティッシュ足りる? と私の顔を覗き込むカナちゃんに頷いて、そろそろと立ち上がる。

廊下を歩いて目的の場所に着いたところで、ドアに手をかけた。
保健室は普段あまり来ないから、ちょっと緊張する。

僅かにドアを開けた時、私はそのまま固まった。


「ちょっと……誰か来たらどうすんの」

「来ないって」

「あっ、やだもう……」


何か絶対に怪我をしていない方がいらっしゃる――――!?

ただならぬ雰囲気に、完全に思考が止まってしまった。
どうしよう、こういう時どうすればいいんだろう!?

端的に言えば打撲をして、ついでに鼻血が出たので保冷剤をもらえば済む話だ。
入口のすぐ近くに置いてある冷蔵庫から、さっと取ってしまえばいい。

音を立てないように慎重に中に入り、ドアをゆっくり閉める。
冷蔵庫の前に屈んで、ここを無音で突破するのはかなり難しいな、と尻込みしていた時だった。


「玄……もっと、して」

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