能ある狼は牙を隠す
苦々しげに紡がれる、彼の本音。
今までの彼は嘘をついていて、でも今の彼は本当のことを言っている。それだけは分かった。
「白さんが狼谷と付き合ってることなんて、散々見てきたし聞いてきたし、分かってたんだけど……でも、俺、」
それでも、好きになっちゃったんだ。
坂井くんが何かを嚥下するように、ぐ、と顎を引く。眉間に皺は寄ったまま。こんな顔をする彼は、初めて見た。
「好きで、ごめん」
彼が俯く。空白が訪れる。話は、終わりだろうか。
「……坂井くんは、」
酸素を取り込んだ。思いのほか、自分は動揺していたようだ。
「坂井くんは、私のこと、好きじゃない」
隣で顔を上げる気配がする。そちらには視線を向けずに、私は目の前のシートを見つめたまま言った。
「好きな人のこと、そんな風に傷つけたりしない。意地悪して自分の方向いて欲しいなんて、小学生だけだもん」
「白さ、」
「意地悪っていうか……もっと、タチ悪いよ。私、すごい嫌だった。傷ついた。みんなのこと一瞬でも疑っちゃったし、自分のことも嫌いになりそうだった」
そうだ。私は本当に嫌だった。なのに好きとか言われても、正直、全然、響かない。
「私は、坂井くんのこと、嫌い」