能ある狼は牙を隠す


言ってから、ほんの少しだけ後悔した。
人に「嫌い」と言うことって、すごく不愉快だ。胸がざわざわして、落ち着かない。


「……うん」


坂井くんが答える。
ああ、いま傷つけたかな、とか、こんな時にまで他己評価を気にしている自分に心底嫌気がさした。

嫌われることに、嫌うことに、私はもっと勇敢にならなければいけない。それは今に始まったことじゃなくて、きっとこれから永遠に向き合うべき問題だ。


「私の友達を利用したことは、謝られても許せない。坂井くんが言いたいなら聞くけど、でも、いいよって言えない」

「うん」

「玄くんのこと悪く言われるのも嫌だった。好きな人の悪口は、聞きたくなかった」

「うん」


坂井くんの相槌は変わり映えしなかったけれど、適当に打っているわけではないと分かるから、言及しなかった。

好きって、違うよ。その人にはその人なりの好きがあるのかもしれないけれど、それでも嫌だ。私は嫌だ。それを、「好き」だと定義されるのは。

玄くんはたくさん「好き」をくれた。私に初めての「好き」をいっぱいくれた。
温かくて、満たされて、笑っちゃうよりもっと、大切なもの。隣にいるだけで嬉しくて、涙が出るくらい幸せな気持ち。
そんな玄くんの「好き」と、坂井くんの「好き」を、一緒にしたくなかった。


「……うん、そうだね。本当に、そうだ」

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