能ある狼は牙を隠す
空気に溶け込んでしまいそうな坂井くんの声。
どれぐらい久しぶりに口を開いたのか、それすら分からないくらい私たちはそれぞれの時間を過ごしていた。
「俺からすると、狼谷はちょっとおかしいくらい、白さんのことばっかりだよ」
列車がトンネルに入る。真っ暗闇。窓に映る自分の顔は、涙でぐちゃぐちゃだった。
「それで……多分、白さんも同じくらい、狼谷のことばっかりだったよ」
同じ、だったかな。私はちゃんと、彼に返せていたかな。
人畜無害のヒツジのくせに感情を素直にさらけ出すのは苦手で、だからこそ彼を傷つけていたんじゃないかと思う。
トンネルを抜けて、一駅、二駅と過ぎていく。
「うん。そうだね」
随分と、遅い返事だった。私のそれに坂井くんは何も言わず、ただ俯いているのを窓の反射で確認した。
言えなくても、伝わらなくても、私はきっと、彼と同じくらい彼のことが好きだった。
それをこれから彼に伝えて天秤をつり合わせるべきなのか、もうその必要はないのか、はたまたそんな機会すら与えられないのか。どれなのかは、正直分からないけれど。
ただ、私はもう一度だけでいいから、彼に心の底から笑って欲しい。
「降りようか」