能ある狼は牙を隠す
どっ、と心臓が一際大きく波打った。
女の子の甘えるような声。
彼女は確かにその名前を呼んで、応えるのは優しい「彼」の言葉だった。
「なに……嫌だったんじゃないの?」
間違いない。狼谷くんだ。
さっきまで走り回って、汗を流していた狼谷くんだ。
彼が女の子とそういうことをしているのは勿論分かっているし、それが当たり前だと思っていた。
ただ、こうして直接聞いてしまうのとではやはり訳が違う。
「興奮してるんだ? 誰かに、聞かれるかもしれないって?」
「ばかっ、違う……」
全く関係ない自分まで恥ずかしくて堪らない。
生々しくて、酷くて、顔は熱いのに背筋は凍ったようだ。
狼谷くんはこういうことを、しているんだ。
侮蔑ではない。再認識だ。
多分、私の理解がまだ十分じゃなかっただけ。
「玄ー! そろそろ切り上げろ! 昼飯食いに行くぞー!」
突然、ドアが勢い良く開いた。
心臓が口から出るんじゃないかと思うほど驚いて、肩が派手に跳ねる。
津山くんの呼び掛けに、奥から布の擦れる音がした。
「岬、声でかい。普通のボリュームで聞こえ……」