能ある狼は牙を隠す



「一つ、お前に頼みたいことがある」


俺の言葉に、坂井は眉をひそめた。
そんな彼の様子を観察しながら、更に続ける。


「……お前、羊ちゃんのこと好きだろ」

「は、」

「見てりゃ分かる。視線がうっとうしい」


今さっき教室を出てから、ずっと後ろに気配を感じていた。別に見られて、聞かれて困ることなんて何一つないが、気付いていないと思われるのも癪だ。

ここ最近、坂井はずっと羊ちゃんのことを目で追っていた。それはきっと、本当に意識して見ていなければ気が付かないであろう変化。でも分かる。俺は彼女やその周囲を、それこそ穴が開くくらい見ていたから。

以前の俺なら――彼女と付き合い始めの俺なら、間違いなく坂井を絞めていた。どす黒い感情に支配されて、本能のまま手を下していただろう。

でも、今の俺は、前の俺じゃない。彼女が与えてくれる愛情を、俺が受け止めて欲しい愛情を、きちんとコントロールできている。


「……それで? 俺に、諦めろって言いたいの?」


肯定の言葉。普段の坂井とは少し違う雰囲気。開き直った、ともいうべきか。


「俺はクリスマスまでに――クリスマスに、けじめつけてくる。だから、お前もけじめつけてくんない?」

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