能ある狼は牙を隠す
自分でも、らしくないことをしていると思う。
彼女と一緒に過ごす時間は温かくて、優しくて、ささくれだった心が少しずつ癒されていくような心地だった。
いつの間にか絆されて、笑ってしまって、時折涙が出るほど愛おしい。
だから、多分。俺は前よりもっとずっと、人に優しくなれた。
「本気?」
坂井が俯いて問う。表情は見えないが、その声は僅かに震えていた。
「羊ちゃんのことで本気じゃなかったことなんてない」
「……そっか」
俺もらしくないが、坂井だってらしくない。
そのらしさを振り切ってまで生まれた気持ちは、嘘偽りのないものだと信じている。
「分かった」
坂井が緩慢に顔を上げ、瞳を揺らす。引き結ばれた唇がささやかに弧を描いて、「人のいい笑顔」を形作る。
彼は今、自身の中の獰猛な欲望に蓋をして、仮面を被った。今、ここで、明確な線引きをした。
その温厚な笑顔が崩れたのは、列車から降りてきた彼が俺を見つけた時だった。
笑顔なことに相違はなかったものの、そこには悔しさ、切なさ、やるせなさ――しっかりと傷を負った、「男」の顔があった。
「玄くん、……どう、して」