能ある狼は牙を隠す
保健室を出る前に見た様子からして、あのまま続きをするとは思えなかった。
とはいえ玄は女の子に優しいから、また今度ね、とか適当に甘い台詞を吐いてキスでもして、逃げてきたんだろう。
そんな光景を今まで腐るほど見てきた。
「何した?」
ああ、これは怒ってる。怒ってるというか、いらついてる。
それは勿論分かった上で、玄の顔に視線を移した。
刹那、彼の瞳の奥に今まで見たこともない色を見つけて、思わず息を呑む。
「こわ。何もしてないって……手当てして、ちょっと仲良く話してただけ!」
「羊ちゃん」
聞けよ!
俺が言い終わるのとほぼ同時に、玄は白さんに呼び掛けた。
「ほんと? 何もされてない?」
彼女は玄の顔を見ると、明らかに表情を硬くした。
無理もない。もはや殺気すら感じられるほどどす黒いものが、彼の目を乗っ取っていたからだ。
白さんが小刻みに頷く。
それを見た玄は途端に目尻を和らげ、安堵したかのように口元を緩めた。
「自分だって女の子とイチャイチャしてたのに、よく言う……」
「岬は手が早いから」
「まーじで玄には言われたくない、それ」