能ある狼は牙を隠す
狼谷くんの声で我に返り、慌てて職員室を後にした。
「……羊ちゃん」
「えっ? な、なに?」
廊下を歩いていると、唐突に呼び掛けられる。
「英語苦手なんだね。意外」
「あ、うん……えへへ……」
どきまぎと落ち着かない心臓。
煮え切らない返事で誤魔化して、私は苦笑した。
「どっか寄る? カフェでも、何でも」
羊ちゃんが嫌じゃないならだけど。
そう付け足して、狼谷くんが立ち止まる。
私は彼の足元を見つめたまま、首を振った。
「だ、大丈夫だよ。悪いし……」
「別に気ぃ遣わなくても」
「ほんとに、大丈夫だから……」
自分でもよく分からない。前までどうやって狼谷くんと話していたのか、思い出せなくなってしまった。
廊下を見つめて黙り込んでいると、頭上から彼の寂しげな声がした。
「……俺のこと、嫌いになった?」
その言葉に目を見開いて、顔を上げる。
すると狼谷くんは嬉しそうに微笑んだ。
「やっと目、合った」
「あ……」
「最近ずっと避けられてるから、怒ってるのかと思った」