能ある狼は牙を隠す
ぽつりと、狼谷くんが零した声が響く。
「ひゃっ」
突然頬を撫でられて、堪らず飛び上がった。
恐る恐る目を開けると、至近距離で狼谷くんと視線がぶつかる。
「こんな真っ赤にして。恥ずかしいって……」
「か、みやく、」
「耳も真っ赤」
流れるように耳朶を摘まれて、冗談抜きに息が止まった。
ずっと浴びないようにしていた視線が、今こんなに近くで絡みつくように自分を捉えている。
彼の目はいつかと同じ、仄暗くて、重々しくて、獰猛だ。
捕まった、と脳の奥で何かが喚いている。
「可愛いね」
耳元で囁かれたわけでもないのに、やけに近くで聞こえた気がした。
「だめだよ、そんな顔したら。男なんてろくなこと考えてないんだから」
「えっ……?」
「でもさ、羊ちゃん」
途端に悪い顔になった狼谷くんが、ゆっくりと口角を上げる。
「前に約束したよね? 俺のこと、ちゃんと見てくれるって」
「うん……?」
約束。あれは約束だったんだろうか?
まあでも確かに宣言してしまったし、そうなのかもしれない。
「今みたいに避けてたら、約束と違うでしょ? 俺のこと見てないよね?」