能ある狼は牙を隠す
そんなことを言わないで欲しい。
でも彼のその言葉は呪詛のようにがんじがらめで、彼自身を縛っていた。
「そんなことないよ」
自分の口から出たのは薄っぺらい否定の決まり文句で、意図せず眉根を寄せる。
「……何でそう思うの」
「だって、」
だって、本当にクズだったら自分のことをそんな風に言わないもの。
「ポスター貼る時、曲がらないように真っ直ぐ丁寧にしてるのとか、黒板消す時に白い筋が残らないように綺麗に消してるのとか……」
彼の人柄が出る部分。
誤魔化しようもない、優しい人の動作。
「……あとは?」
「ドリブルの時、ボールを優しく扱ってるのとか」
「他は?」
「紙パック、いつも隅々までぺったんこにしてから捨ててるのとか」
あれ、何だろうこれは。どうして尋問みたいになってるんだろう。
いつの間にか狼谷くんは愉しそうに目を細めていて、身を乗り出している。
「うん。それから?」
ほんの少し、高い声。
私は必死に記憶を辿りながら、彼のことを思い出した。
「あ。あと、笑うとえくぼができてあどけなくなる、かな」